「犬は人につき、猫は家につく」という言い方があります。実際、猫は自分のテリトリー(縄張り)の中で安心して暮らす動物とされており、住み慣れた場所を丸ごと変えてしまう引越しは、猫にとって非常に大きな出来事です。
飼い主にとっての引越しは「新生活の始まり」ですが、猫にとっては見慣れた景色もにおいも音も、ある日いきなり全部入れ替わるという体験になります。だからこそ、荷造りの段取りと同じくらい、猫の受け入れ準備に手をかける価値があります。
この記事では、猫の引越しについて、準備期間・当日・新居に着いてからの3つのフェーズに分けて、飼い主ができる工夫をまとめました。ストレスのサインの見分け方や、動物病院に相談すべきタイミングもあわせて解説します。

猫が引越しでストレスを感じやすい理由
縄張りの中で安心する動物だから
猫は自分のにおいがついた空間を「安全な場所」として認識する習性があるといわれています。柱で爪を研いだり、家具に顔をこすりつけたりするのは、自分のにおいをつけてテリトリーを確認する行動です。引越しはそのにおいが一切ない場所へ移ることを意味します。
環境の変化がすべて同時に起こるから
間取り、床の材質、窓から見える景色、上下階の生活音、日当たり。猫にとっての「安心材料」が一度に全部変わるのが引越しです。人間なら「新しい家だ」と理解できますが、猫にはその説明ができません。
移動そのものが負担になるから
キャリーに入れられて車や電車で運ばれること自体、多くの猫にとって慣れない経験です。振動、エンジン音、知らない人の声、閉じ込められている感覚が重なります。もともと通院すら苦手な猫であれば、この工程がいちばんの山場になります。
ストレスのサインを見逃さない
猫は不調を隠す動物といわれます。「いつもと違う」に気づけるよう、代表的なサインを頭に入れておきましょう。
| サイン | 見られやすい様子 |
|---|---|
| 食欲の変化 | フードを残す、まったく食べない |
| 隠れる | ベッドの下やクローゼットから出てこない |
| トイレの変化 | 粗相、トイレに入る回数が増える/減る |
| 過剰なグルーミング | 同じ場所をなめ続ける、毛が薄くなる |
| 鳴き方の変化 | 夜通し鳴く、低い声で唸る |
| 攻撃性 | 触ろうとすると威嚇する、手が出る |
とくにおしっこが出ていない、トイレで長く力んでいるのに何も出ないという様子が見られたら、環境の変化とは別に緊急性の高い状態の可能性があります。「引越しのストレスだろう」と様子見せず、すぐに動物病院を受診してください。食べない状態が丸1日以上続く場合も同様に相談が必要です。
引越し前の準備(1か月前くらいから)
キャリーバッグに慣れてもらう
当日いきなりキャリーを出すと、猫は「通院=嫌なこと」と結びつけて激しく抵抗することがあります。引越しの1か月ほど前から、キャリーを部屋に出しっぱなしにして、扉を開けたまま普段の居場所のひとつにしてしまうのが定番のやり方です。
中に猫が好むブランケットやおやつを置いて、自分から入るようになれば理想的です。上から開くタイプのキャリーは出し入れがしやすく、当日の負担を減らせます。
動物病院で相談しておく
持病がある猫や、極端に移動が苦手な猫の場合は、引越しの計画が決まった段階でかかりつけ医に相談しておきましょう。健康状態の確認に加えて、長距離移動時の注意点や、フェロモン製剤といった環境づくりのアイテムについて助言をもらえることがあります。
猫の状態によって適した対応は変わるため、市販のアイテムを自己判断で使う前に獣医師に確認するのが安心です。日本獣医師会の公式サイトでは、飼い主向けの情報も公開されています。
新居の危険箇所を先にチェック
可能であれば、猫を連れて行く前に新居の下見をしておきたいところです。
- 網戸の建て付け(猫の力で開いてしまわないか)
- ベランダの柵の隙間、室外機からの飛び出し
- 玄関からの脱走ルート
- 洗濯機や浴室乾燥機の裏など、入り込んで出られなくなる隙間
- 観葉植物(猫に有害とされる植物がないか)
網戸が猫の力で開いてしまいそうな物件なら、取り付けるだけの網戸ストッパーで補強しておくと、対策のひとつになります。賃貸の場合は、はがせるタイプを選ぶと安心です。
荷造りは「少しずつ」が基本
段ボールは一気に出さない
ある日突然、部屋中が段ボールで埋まると、猫は環境の激変に驚きます。引越しの2〜3週間前から少しずつ荷造りを進め、猫が段ボールのある景色に慣れる時間をつくりましょう。段ボールに入って遊ぶ猫も多く、うまくいけば楽しいイベントになります。
猫のスペースは最後に片づける
猫がよく使うベッド、爪とぎ、トイレは、引越し当日の朝まで残しておくのがおすすめです。逆に新居では真っ先に設置します。「最後に片づけて、最初に出す」と覚えておくと迷いません。
使い慣れたものは洗わずに持っていく
毛布やベッド、爪とぎには猫自身のにおいがついています。新居できれいなものに買い替えたくなりますが、引越し直後はあえて洗わず、そのまま持っていくほうが猫が落ち着きやすいとされています。新調するなら、環境に慣れてからにしましょう。

引越し当日の動き方
1部屋に隔離するか、預けるか
作業中は玄関も窓も開けっぱなしになり、見知らぬ作業員が出入りします。猫にとってはもっとも危険な時間帯です。対策は次の2択が現実的です。
- 浴室や1部屋に隔離する……ドアに「猫がいます。開けないでください」と大きく張り紙をする
- ペットホテルや動物病院に預ける……作業に集中でき、脱走の心配をなくせる
隔離する場合は、その部屋の荷物を先に運び出しておくか、逆に最後まで手をつけないかを業者と事前に打ち合わせておきましょう。「この部屋は開けないでください」と当日の朝に必ず口頭でも伝えてください。
移動中に気をつけること
- キャリーは必ずシートベルトなどで固定する……急ブレーキで転倒すると危険です
- 車内の温度管理……エアコンの風が直接当たらない位置に置きます
- 短時間でも車内に置き去りにしない……季節を問わず車内温度は急上昇します
- キャリーを開けない……サービスエリアなどで「かわいそうだから」と開けるのが、脱走のいちばん多いパターンです
- 食事は移動の数時間前までに……猫は移動の6時間ほど前に食事を済ませておくと車酔いしにくいといわれます
キャリーに布をかける
視界を遮ると落ち着く猫が多いとされています。通気性のある薄手の布をふわりとかけておくと、外の景色や人の動きが目に入りにくくなります。ただし夏場は熱がこもらないよう注意してください。
新居に着いてからの進め方
まずは1部屋だけを開放する
いきなり家じゅうを自由にさせると、猫は広さに圧倒されて隠れ場所を探し回ります。「セーフルーム」として1部屋だけを用意し、そこにトイレ・フード・水・ベッド・爪とぎをまとめて置くのが定番のやり方です。
この部屋は、荷解きが終わって静かになった部屋を選びます。人の出入りが少なく、大きな音がしない場所が理想です。
キャリーは自分から出るまで待つ
新居に着いたら、セーフルームでキャリーの扉を開け、あとは待ちます。無理に引っ張り出すのは逆効果です。数時間出てこないこともありますが、それが普通と考えて構いません。
行動範囲は少しずつ広げる
セーフルームで落ち着いて食事やトイレができるようになったら、ドアを少し開けて隣の部屋へ、というように段階的に広げていきます。目安として数日から1〜2週間程度をかけるケースが多いようですが、慣れるまでの期間には大きな個体差があります。若い猫はすぐ探検を始め、高齢の猫や臆病な猫は1か月以上かかることもあります。
生活リズムはできるだけ変えない
ごはんの時間、遊ぶ時間、就寝時間。人間側の生活リズムが変わらなければ、猫にとっての「変わらないもの」が残ります。フードも当面は引越し前と同じものを使い、切り替えるなら環境に慣れてからにしましょう。

やってしまいがちな失敗
いきなり全部屋を自由にさせる
「早く新しい家に慣れてほしい」という気持ちは分かりますが、逆に隠れ場所を求めて家具の裏に入り込み、出てこなくなることがあります。範囲は狭いところから広げるのが原則です。
心配のあまり構いすぎる
そばにいて声をかけるのは悪いことではありませんが、隠れている猫を無理に引き出したり、抱き上げたりするのは避けましょう。猫のペースを尊重するほうが結果的に早く落ち着きます。
引越しと同時にフードやトイレ砂を変える
変化はできるだけ一度にまとめないのが鉄則です。フード、トイレ砂、食器。どれも引越しのタイミングで変えると、猫にとって変数が増えすぎます。
脱走対策を後回しにする
引越し直後は、猫が旧居に帰ろうとして外に出てしまう事故が起こりやすい時期です。玄関や窓の管理を徹底し、万一に備えて迷子札やマイクロチップの登録情報を新住所に更新しておきましょう。マイクロチップの登録情報の変更は環境省「犬と猫のマイクロチップ情報登録」のサイトからオンラインで手続きできます。手続きの種類によって必要な書類や手数料の扱いが異なるため、最新の案内は同サイトでご確認ください。
猫の引越しに関するQ&A
Q. 猫を新幹線や飛行機で運べますか?
A. 運べます。JRの在来線・新幹線では、猫の全身がケースに収まっていること、ケースのタテ・ヨコ・高さの合計が120cm以内であること、ケースと動物を合わせた重さが10kg以内であることなどを条件に、手回り品として持ち込めます。この場合、乗車駅の改札口で「手回り品きっぷ」(ケース1個につき290円)を購入する必要があります。券売機では買えず、支払いも現金のみとされているため、時間に余裕を持って駅に向かってください。飛行機は原則として貨物室での輸送となり、航空会社ごとに預けられる条件や季節の制限が異なります。条件は変更されることがあるため、事前に各社の最新の規定を確認してください(参考:JR東日本 手回り品きっぷの案内)。
Q. 引越し業者に猫を運んでもらえますか?
A. 引越し業者が荷物として生き物を運ぶことは基本的にできません。ペット輸送を専門とする業者に取り次いでもらう形が一般的です。自家用車で運べる距離であれば、飼い主が自分で運ぶのがいちばん負担の少ない方法です。
Q. 多頭飼いの場合、キャリーは1つにまとめてもいいですか?
A. 仲の良い猫同士でも、移動中の緊張から予期せぬケンカに発展することがあります。1匹につき1つのキャリーが基本です。並べて置いて、お互いの姿が見える状態にしておくと安心する場合もあります。
Q. 引越し後、トイレを失敗するようになりました。
A. 環境の変化で一時的に見られることがあります。トイレの場所が分かりにくくなっていないか、砂の種類が変わっていないか、置き場所が騒がしくないかを確認してください。頻繁にトイレに行くのに出ない、血が混じるといった様子があれば、すぐに受診が必要です。
Q. 外に出していた猫を、引越しを機に完全室内飼いにできますか?
A. 引越しは生活習慣を切り替えやすいタイミングではあります。ただし猫にとっては二重の変化になるため、鳴いて訴えることも多くなります。上下運動ができるキャットタワーや窓辺の居場所を用意するなど、室内で過ごす楽しみを増やす工夫を並行して進めましょう。
Q. 新居に慣れるまでどのくらいかかりますか?
A. 数日で普段どおりになる猫もいれば、1か月以上かかる猫もいます。年齢、性格、過去の引越し経験によって大きく変わるため、他の猫と比べる必要はありません。食事・排泄・睡眠が安定してきたら、順調に進んでいるサインと考えていいでしょう。
Q. 長距離の引越しで、途中で宿泊が必要な場合は?
A. ペット同伴可の宿を事前に押さえておきましょう。部屋ではキャリーから出す前に窓や扉の施錠を確認し、脱走対策を徹底してください。トイレは携帯用のものを持参すると安心です。
まとめ
猫の引越しで大切なのは、変化をできるだけ小さく、ゆっくりにすることです。荷造りは少しずつ進め、猫のものは最後に片づけて最初に出す。当日は隔離か預けるかで脱走を防ぎ、新居ではまず1部屋から。この流れを押さえておけば、猫の負担はかなり違ってきます。
使い慣れた毛布や爪とぎを洗わずに持っていく、フードやトイレ砂は当面変えない。こうした小さな「変えないもの」が、猫にとっての手がかりになります。
そして、食べない・出ないといった変化が続くときは、引越しのせいと決めつけずに動物病院へ。心配なことがあれば早めに相談するのが、いちばんの対策です。


