賃貸を退去するとき、敷金の精算書に必ずと言っていいほど並ぶのが「ハウスクリーニング費用」の項目です。1Rで2万円台、ファミリー向けなら10万円近くになることもあり、精算書を見て思わず二度見した経験を持つ方は少なくありません。
やっかいなのは、この費用が法律上は貸主負担が原則なのに、実際の契約ではほとんどが借主負担になっているという点です。ルールと現実がねじれているので、「請求されたけど払うべきなのか」が判断しにくいのです。
この記事では、退去時のハウスクリーニング費用について、間取り別の相場、誰が負担するのかという法的な考え方、特約が有効になる条件、そして高すぎる請求を受けたときの動き方までを整理します。読み終えるころには、精算書のどこを見ればいいかがはっきりするはずです。
ハウスクリーニング費用は「原状回復」とは別枠のお金
まず言葉の整理からです。退去時の精算には、大きく分けて「原状回復費用」と「ハウスクリーニング費用」の2つがあります。
原状回復費用は「壊した・汚した」分
原状回復費用は、借りていた人の故意や不注意によって生じた傷や汚れを直すための費用です。壁に開けた画鋲より大きな穴、引きずってできた床のえぐれ、掃除を怠って落ちなくなった水回りの汚れなどが該当します。
民法621条は、借りた人が原状回復義務を負うのは「通常の使用によって生じた損耗と経年変化を除いた損傷」だと定めています。つまり、普通に暮らしていてついた日焼けや、家具を置いていた場所のへこみは、法律上は直す義務がないという建て付けです。
一方で、椅子のキャスターや家具を引きずってできた床の傷は、借主負担と判断されやすい代表例です。デスクまわりやソファの下に保護マットを敷いておくと、こうした傷を防ぐ助けになります。
ハウスクリーニング費用は「次の入居者のための清掃」分
一方でハウスクリーニング費用は、専門業者が入って部屋全体を清掃するための費用です。キッチンの油汚れ、浴室の水垢、エアコン内部、床のワックスがけなどをまとめて行います。
ここが重要なのですが、この清掃は「次の入居者に貸し出すための準備」であり、本来は貸主の営業経費という位置づけです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、通常清掃を済ませていれば借主が負担する必要はないという考え方が示されています。

間取り別の費用相場
実際に請求されるクリーニング費用は、部屋の広さでおおよそ決まります。業者の料金表も「平米単価」または「間取り別の定額」で組まれているためです。目安は次のとおりです。
| 間取り | 費用の目安 | 補足 |
|---|---|---|
| 1R・1K | 2万〜3万円 | 単身向けで最も件数が多い価格帯 |
| 1DK・1LDK | 3万〜4.5万円 | 水回りが独立すると加算されやすい |
| 2DK・2LDK | 4万〜6万円 | 部屋数と窓の数で変動 |
| 3LDK以上 | 7万〜11万円 | 戸建てはさらに上がることも |
これはあくまで一般的な目安です。地域差や建物の状態、管理会社が提携している業者の料金体系によって上下しますので、契約書に金額が明記されている場合はそちらが優先されます。
相場を左右する3つの要素
1つめは広さです。作業時間にほぼ比例するため、平米数が増えれば費用も増えます。ロフト付きや納戸付きの物件は、表示上の間取りより高くなることがあります。
2つめは水回りの数です。キッチン・浴室・洗面・トイレは清掃に手間がかかる箇所で、独立洗面台や浴室乾燥機があると単価が上がります。同じ2LDKでも、2バスルームの物件は明らかに高くなります。
3つめはエアコンの台数です。エアコン内部の分解洗浄は別料金で1台1万円前後が一般的で、クリーニング基本料に含まれるかどうかは業者次第です。3台あれば、それだけで数万円の差になります。
借主負担になる「特約」はどこまで有効か
原則が貸主負担なら、なぜ請求されるのか。答えは賃貸借契約書に書かれた特約にあります。「退去時のハウスクリーニング費用は借主の負担とする」という条項が入っていれば、原則を上書きする形で借主が支払うことになります。
特約なら何でも通るわけではない
ただし、特約であれば無制限に有効というわけではありません。裁判例や国土交通省のガイドラインの考え方を整理すると、おおむね次の3点がそろって初めて有効と判断される傾向にあります。
- 特約を設ける客観的で合理的な理由があること
- 借主がその内容を認識したうえで契約していること
- 借主が義務を負うことについて明確に合意していること
裏を返せば、「クリーニング代は借主負担」とだけ書かれていて金額の記載も説明もなかった場合、争う余地が出てきます。逆に「退去時クリーニング費用30,000円(税別)を借主が負担する」と金額まで明記され、契約時に説明を受けてサインしているなら、後から覆すのは現実的には難しくなります。
消費者契約法との関係
借主が個人の場合、消費者契約法の対象になります。同法10条は、消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする規定です。相場から大きくかけ離れた金額の請求は、この規定を根拠に争われることがあります。ただし判断は個別の事情によるため、「高いから即無効」とはなりません。

クリーニング代とは別に請求されやすいもの
基本のクリーニング費用に加えて、状況によっては追加費用が発生します。ここは金額が大きくなりやすい部分なので、心当たりがある方は事前に想定しておきましょう。
タバコによる室内の変色とにおい
室内での喫煙によるヤニ汚れは、通常損耗とは扱われません。クロスの全面張り替えが必要と判断されれば、部屋の広さによっては数万円から十数万円の請求になります。喫煙は退去費用が跳ね上がる最大の要因と考えておくのが安全です。
ペットによる傷とにおい
ペット可物件であっても、爪とぎによる柱の傷やにおいの染みつきは借主負担になるのが一般的です。ペット可物件は敷金が1か月分上乗せされているケースが多く、その分で足りなければ追加請求されます。
結露を放置したカビ
結露そのものは建物の構造に起因することも多いのですが、拭き取らずに放置してカビを広げた場合は、借主の管理不足と判断されることがあります。窓際やクローゼットの奥は、こまめに確認しておきたい場所です。
黒い点状のカビを見つけたら、広がる前にカビ取り剤で落としておくのが基本です。使う前に換気と、素材に使えるかどうかの確認を忘れないようにしてください。
原状回復を伴うDIY
壁への棚の取り付け、床材の上貼り、塗装の変更などは、契約で認められていない限り復旧費用の対象です。賃貸でDIYを楽しむなら、はがせる素材を選ぶのが基本になります。
壁の雰囲気を変えたいなら、貼って剥がせるタイプの壁紙という選択肢もあります。ただしクロスの材質によっては跡が残ることもあるため、目立たない場所で試すか、事前に管理会社へ確認しておくと安心です。
費用を抑えるためにできること
契約前に特約の有無と金額を確認する
いちばん効くのは、そもそも契約する時点で確認しておくことです。重要事項説明のときに「退去時のクリーニング費用はいくらですか」と聞けば、金額を教えてもらえます。物件を比較する段階でここを見ておくと、初期費用だけでは見えない総額が把握できます。
入居時に部屋の状態を写真に残す
入居直後に、傷や汚れがある箇所をスマートフォンで撮影しておきましょう。日付情報が残るので、退去時に「これは入居前からありました」と示す材料になります。管理会社から入居時チェックシートが届く場合は、気になる点をすべて書いて期限内に返送してください。
入居時チェックシートを返送しないまま暮らすと、退去時に「入居時は問題なかった」という前提で話が進みます。面倒でも初日に済ませておくのが得策です。
退去前の自己清掃はどこまで意味があるか
定額のクリーニング特約がある場合、どれだけ自分で掃除しても金額は変わりません。ただし、掃除をしておく意味がまったくないわけではありません。汚れを落としておけば「通常清掃で落ちない汚れ=借主負担の原状回復」に分類される箇所が減り、追加請求のリスクを下げられます。
優先順位をつけるなら、コンロ周りの油汚れ、浴室のカビ、換気扇、窓のサッシの4か所です。ここが放置されていると追加項目になりやすいので、退去の1週間前くらいから少しずつ手をつけておくと負担が軽くなります。
コンロ周りや換気扇のベタつく油汚れには、水に溶かしてスプレーするセスキ炭酸ソーダが使いやすく、1つあると退去前の掃除がはかどります。
見積書は内訳で受け取る
精算書が「原状回復一式」としか書かれていない場合は、内訳の提示を求めましょう。どの箇所に何をしていくらかかったのかが分からなければ、妥当性を判断できません。内訳を求めるのは正当な要求で、遠慮する必要はありません。
高額な請求を受けたときの進め方
まずは根拠の確認から
金額に納得できないときは、感情的に反論する前に事実を集めます。契約書の特約条項、精算書の内訳、入居時の写真、退去立会いのときの記録。この4点がそろえば、どこが争点なのかが自分でも見えてきます。
相談できる窓口
当事者同士で折り合わない場合は、消費生活センターに相談できます。全国共通の消費者ホットライン「188」に電話すると、最寄りの窓口につながります。国民生活センターは、敷金や原状回復に関する相談事例と考え方を公開しているので、事前に目を通しておくと話が早くなります。
金額が60万円以下であれば、簡易裁判所の少額訴訟という選択肢もあります。原則1回の審理で結論が出る手続きで、弁護士を立てずに本人で進めることも可能です。ただし時間と手間はかかるため、まずは話し合いと窓口相談を試すのが現実的でしょう。

敷金はいつ返ってくるのか
民法622条の2で、敷金は賃貸借が終了して物件を明け渡した後に返還されると明文化されています。実務上は、退去後30日以内という定めを契約書に置いている管理会社が多く、清算に時間がかかる場合でも2か月程度で結論が出るのが一般的です。
連絡がないまま1か月以上経つようなら、書面かメールで問い合わせておきましょう。記録が残る形にしておくと、後々の交渉で役立ちます。
よくある質問
Q. クリーニング業者を自分で手配してもいいですか?
A. 管理会社が業者を指定している場合がほとんどで、自分で手配しても特約に基づく請求は行われるのが通常です。契約書に「貸主の指定する業者による」と書かれていないか確認してください。
Q. 数か月しか住んでいなくても全額請求されますか?
A. クリーニング費用は居住期間で按分されないのが一般的です。短期解約でも定額の特約どおり請求されるケースが多く、短期違約金が別途かかる契約もあります。短期での住み替えを考えている方は、契約前に短期解約条項も確認しておきましょう。
Q. 敷金ゼロ物件は退去時に高くつきますか?
A. 敷金がない分、退去時に実費を請求される仕組みになっているだけで、総額が必ず高くなるわけではありません。ただし、先に預けたお金がないため、退去時にまとまった支払いが発生します。数万円の出費を見込んでおくと安心です。
Q. エアコンクリーニングは毎回必要ですか?
A. 前の入居者の退去時に実施されていれば、通常は次の退去まで不要とされることもあります。精算書にエアコン洗浄が入っていて納得できないときは、前回の実施時期を確認してみてください。
Q. 立会いなしで退去してもいいですか?
A. 管理会社によっては立会いなしの運用もありますが、その場合は退去時の状態を自分で撮影して残しておきましょう。後から発生した傷まで請求されないよう、部屋全体と気になる箇所を記録しておくことをおすすめします。
まとめ
退去時のハウスクリーニング費用は、1R・1Kで2万〜3万円、3LDK以上で7万〜11万円が一般的な目安です。法律上は貸主負担が原則ですが、実際は契約書の特約で借主負担になっているケースがほとんどで、金額まで明記された特約は覆しにくいのが現実です。
だからこそ、動くべきタイミングは退去時ではなく契約時です。特約の有無と金額を契約前に確認し、入居初日に写真を撮る。この2つを済ませておくだけで、退去時のもやもやはかなり減ります。
すでに請求を受けて困っている場合も、内訳の提示を求める、消費生活センターに相談するといった手は残っています。相場を知っておくことが、そのまま自分を守る材料になります。
参考として、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」には負担区分の一覧表が掲載されています。トラブル事例と相談の進め方は国民生活センター、条文そのものはe-Gov法令検索の民法で確認できます。
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