荷物を運び出した空っぽの部屋に、管理会社の担当者と2人。手元のチェックシートに何かを書き込まれ、最後に「ここにサインをお願いします」と紙を差し出される——これが退去立会いです。所要時間は15分から30分ほど。短い時間ですが、この場でのやりとりが敷金の返還額を左右します。
退去立会いでつまずく人の多くは、当日その場で初めて何が起きるかを知ります。何を見られるのかを先に知っておくだけで、当日の受け答えはまったく変わります。
この記事では、退去立会いの当日の流れ、担当者が実際にチェックする箇所、サインを求められる書類の読み方、そして自分で撮っておくべき写真について整理します。すでに退去日が決まっている方は、当日の持ち物リストから確認してください。
退去立会いとは何をする場なのか
退去立会いは、借りていた部屋を貸主に返す手続きです。法律上の位置づけとしては「明渡し」にあたり、この時点で鍵を返せば賃貸借契約は終了します。
この場で決まる3つのこと
立会いで確定するのは、おおむね次の3点です。
- 部屋のどこに、どんな傷や汚れがあるか(事実の確認)
- そのうちどれが借主の負担になりそうか(負担区分の見立て)
- 鍵の返却と明渡しの完了(契約の終了)
金額そのものは、後日送られてくる精算書で確定するのが一般的です。立会いの場で「だいたい◯万円くらいですね」と言われることはありますが、それは確定額ではありません。
担当者は誰が来るのか
管理会社の担当者が来るのが一般的ですが、物件によっては大家さん本人、あるいは原状回復の専門業者が来ることもあります。専門業者の場合は施工の見立てが具体的で、その場で細かい説明を受けられることが多くなります。

当日の流れ
1. 荷物の搬出完了を確認する
まずは部屋が空になっているかの確認からです。押し入れやクローゼットの上段、洗面台の下、ベランダの物置などに忘れ物が残っていないかを一緒に見て回ります。残置物があると処分費用を請求されますので、立会い前に自分でひととおり開けておきましょう。
2. 部屋を一周してチェックする
玄関から順に、居室、水回り、ベランダと見て回ります。担当者はチェックシートを持っており、傷や汚れを見つけると記録していきます。ここで「これは何ですか」と聞かれることがあるので、心当たりがあれば正直に答えるのが結果的にスムーズです。
3. 負担区分の説明を受ける
ひととおり見終わると、「ここは経年変化なのでこちら(貸主)で対応します」「ここは補修が必要になりそうです」といった説明があります。納得できない箇所があれば、この場で質問してください。
4. 書類にサインし、鍵を返却する
最後にチェックシートや確認書へのサインを求められます。内容を読み、事実と違う記載がないかを確かめてから署名します。鍵はスペアも含めて全数を返却します。紛失している場合は鍵交換費用を請求されることがあります。
5. 後日、精算書が届く
精算内容がまとまると、書面で送られてきます。敷金から差し引かれた金額と内訳が記載されているので、立会い時の説明と食い違いがないかを確認しましょう。
担当者が実際に見ているのはここ
限られた時間で部屋を見るとき、経験のある担当者は見る場所が決まっています。裏返せば、そこを事前に自分でも確認しておけば、当日の指摘に備えられます。
壁のクロス
画鋲の穴は通常損耗の範囲とされることが多い一方、ネジやアンカーの大きな穴、下地のボードまで貫通した穴は補修対象です。テレビや冷蔵庫の裏の黒ずみ(電気焼け)は経年変化として扱われるのが一般的です。
床
フローリングのへこみ、キャスター付きチェアによる擦り傷、水をこぼして放置した黒ずみ。特に見られるのはキッチンの足元と、デスクを置いていた場所です。カーペットや畳は、飲み物のシミが目立ちやすい箇所になります。
キッチンとレンジ周り
コンロ奥の壁、換気扇のフィルター、シンク下の収納。油汚れは通常清掃で落ちないと判断されると借主負担になりやすい代表格です。ここは退去前に手をかける価値があります。
コンロまわりの油汚れには、アルカリ性のセスキ炭酸ソーダのスプレーを吹きかけて少し置いてから拭く、という方法がよく使われています(素材によっては使えないので表示を確認してください)。
浴室・洗面・トイレ
ゴムパッキンの黒カビ、鏡のウロコ状の水垢、便器のフチ裏。カビは「放置したかどうか」が論点になりやすく、広範囲に及んでいると指摘を受けます。
建具とサッシ
ドアの開閉、網戸の破れ、窓のクレセント錠、サッシのレールの砂。網戸は破れていると実費請求になりやすい部分です。
設備の動作
エアコン、給湯器、インターホン、換気扇。動くかどうかを確認されます。使用中に故障したまま報告していなかった場合、ここで発覚することになります。

自分で撮っておきたい写真
立会いは担当者が記録を取る場ですが、借主側にも記録を残す権利があります。むしろ、後から話が食い違ったときに自分を守るのは自分の記録です。
撮る順番を決めておく
玄関 → 廊下 → 居室(四隅と天井)→ キッチン → 浴室 → 洗面 → トイレ → ベランダ、の順で回ると漏れがありません。1部屋あたり広角で4枚、気になる箇所はアップでもう1枚。合計30枚程度になります。
傷はスケール感が分かるように
傷や汚れを撮るときは、硬貨や定規を横に置いて撮影すると大きさが伝わります。「小さな傷」「大きな傷」という言葉のやりとりで揉めるのを防げます。
撮影のタイミング
荷物を出し切った直後、立会いが始まる前が理想です。家具をどけた跡もその状態で残っているため、指摘を受けたときに照合しやすくなります。
入居時の写真と退去時の写真がそろって、初めて「入居前からあった傷」を証明できます。入居時の写真がない場合は、その旨を正直に伝えたうえで話し合うことになります。
サインを求められたときの判断
チェックシートは「事実の確認」
傷や汚れの位置を記録したチェックシートへのサインは、基本的に「その状態であることを確認した」という意味です。記載内容が事実と合っていれば、サインして問題ありません。
金額や負担を認める書面は別物
一方で、「原状回復費用として◯◯円を負担することに同意します」という趣旨の書面は意味がまったく違います。金額の記載がある書類にサインする前は、必ず内容を読み込んでください。その場で判断できないなら、「持ち帰って確認します」と伝えて構いません。
空欄のある書類にはサインしない
金額欄が空白のまま署名を求められた場合は、埋めてもらってから署名しましょう。後から書き足されると、合意した内容が分からなくなります。
納得できない箇所は書き添える
チェックシートの備考欄に「この傷は入居時から存在」「この汚れについては見解の相違あり」と自分で書き加えることもできます。担当者に伝えたうえで書けば、後の話し合いの出発点になります。
当日の持ち物
- 鍵(スペア・宅配ボックスの鍵・駐輪場の鍵も全部)
- 賃貸借契約書(特約の確認用)
- 入居時のチェックシートの控えと写真
- スマートフォン(撮影とメモ)
- 印鑑(求められる場合がある)
- 敷金返還用の口座情報
- メジャー(傷の大きさ確認用)
- 掃除道具一式(最後の拭き上げ用)
意外と忘れがちなのが口座情報です。その場で書式を渡されることがあるので、キャッシュカードを持っていくと確実です。
最後の拭き上げ用には、水だけで使えるメラミンスポンジを数個持っていくと、壁のちょっとした手あかや床の黒ずみをその場で落とせます(クロスやツヤのある床は目立たない場所で試してから使ってください)。
立会いなしで退去する場合
近年は、鍵をポストに投函して終わりという「立会いなし」の運用も増えています。手間がかからない反面、部屋の状態を一緒に確認する機会が失われるため、後から届いた精算書に驚くことがあります。
立会いなしの場合は、退去日当日に自分で部屋を撮影して記録を残すことが何より重要です。日付が分かる形で保存し、精算書が届くまで消さないでください。

よくある質問
Q. 退去立会いには本人が行かないとダメですか?
A. 家族や代理人でも対応できることが多いですが、事前に管理会社へ伝えておく必要があります。委任状を求められる場合もあるため、都合がつかないと分かった時点で連絡しておきましょう。
Q. 立会い当日に掃除をしていなくても大丈夫ですか?
A. クリーニング特約がある場合、掃除の有無で定額の金額は変わりません。ただし、通常清掃で落ちない汚れは別途請求の対象になるため、油汚れとカビだけは落としておくと安心です。
Q. 立会いの所要時間はどれくらいですか?
A. 単身向けの部屋で15分前後、ファミリー向けで30分前後が目安です。指摘事項が多い場合や質問が多い場合は1時間近くかかることもあります。時間に余裕を持って予定を組んでください。
Q. その場で金額を言われました。確定ですか?
A. 口頭の見立ては確定額ではありません。書面の精算書が届いてから判断すれば十分です。逆に、その場で提示された金額が精算書と大きく違う場合は、理由を確認しましょう。
Q. 電気やガスは立会いの前に止めていいですか?
A. 電気は立会い当日まで残しておくのが無難です。照明がないと部屋の状態を確認できず、暗い中でのチェックになってしまいます。水道も、最後の拭き掃除に使うことがあるため当日停止がおすすめです。
Q. 指摘された内容に納得できません。その場で拒否できますか?
A. 「その点については同意できません」と伝え、備考欄に記載してもらうのが現実的な対応です。話がまとまらない場合は、精算書が届いてから改めて協議します。消費生活センターの消費者ホットライン「188」でも相談を受け付けています。
立会いの日程はどう決まるのか
まずは解約予告から
退去の流れは、管理会社への解約通知から始まります。契約書には「退去の1ヶ月前までに通知する」と定められていることが多く、物件によっては2ヶ月前という条件もあります。通知が遅れた分だけ家賃が発生するため、引越し先が決まったら早めに連絡しましょう。
通知は書面や専用フォームで行うのが一般的です。電話だけで済ませると記録が残らないため、必ず日付の分かる形で出してください。
退去日と立会い日は同じでなくてもよい
荷物の搬出日と立会い日を分けることもできます。引越し当日は業者の作業でばたばたするため、翌日以降に立会いを設定すると落ち着いて確認できます。ただし、鍵を返すまでは契約が続くため、その分の家賃が日割りで発生する点には注意が必要です。
ライフラインの停止日を合わせる
電気・ガス・水道の停止日は、立会いの後に設定しておくのが無難です。照明が使えないと部屋の状態を確認できず、水が出ないと最後の掃除もできません。特に電気は、立会い当日の夕方以降に停止するよう手配しておくと安心です。
退去日を月末ぎりぎりに設定すると、その月の家賃を満額支払うことになります。日割り計算に対応している契約なら、引越し日を早めるだけで数万円変わることもあります。契約書の日割り規定を確認してみてください。
駐車場・駐輪場の解約は別手続き
部屋の解約通知を出しても、駐車場や駐輪場、トランクルームの契約が自動で終わるとは限りません。別契約になっている場合は、それぞれ解約手続きが必要です。忘れると翌月も引き落とされます。
まとめ
退去立会いは、金額を決める場ではなく事実を確認する場です。担当者が見るのは壁・床・水回り・建具・設備とほぼ決まっているので、前日に同じ場所を自分で見て回れば、当日の指摘に落ち着いて対応できます。
やることを3つに絞るなら、荷物を出し切った直後に部屋を撮影すること、チェックシートの記載が事実と合っているか読むこと、金額を認める書面は持ち帰って判断すること。この3点です。
負担区分の考え方は国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」にまとまっています。相談窓口は国民生活センター、条文はe-Gov法令検索の民法から確認できます。
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